大学ファンドレイジングの理論と実践 第6回
今後の展望と課題
日本ファンドレイジング協会大学チャプター共同代表
アカデミックファンドレイジング主宰 久保 優子
本稿の要点を以下にまとめます。
本記事のポイント
- 大学ファンドレイジングは、大学が社会とつながり持続的に発展していくための基盤となる営みである
- 日本の大学では、寄付文化や組織的な取り組みは発展途上にあり、基盤整備と人材育成が重要な課題となっている
- 寄付を契機に大学の価値を再確認し、社会との関係を再構築していくことが、今後の大学経営に求められる視点である
過去五回の連載では、大学ファンドレイジングの基本的な考え方から、戦略、学内連携、経営層の役割、成果の環流まで、大学が社会と関係を築きながら価値をつくるための視点を整理してきた。最終回の今回は、大学ファンドレイジングの展望と課題を、これまでの議論を踏まえて考えてみたい。
大学ファンドレイジングの背景
日本の高等教育と寄付金の関係は、新しいものではない。私立大学では創設期から寄付によって校舎建設や学生支援を行った例があり、民間から支援を受ける文化は早くから存在していた。国立大学でも、奨学寄附金制度や研究支援の枠組みによって寄付を受け入れる体制は整備され、一定の運用がなされてきた。
しかし、現在的な大学ファンドレイジングを実務として組織に根づかせ、日常業務として運用する体制については、着手し始めた大学がある一方、多くの大学ではこれから取り組みが求められる段階にある。
その背景には、日本の高等教育が長く「国が支える公共財」として発展してきた歴史がある。大学は国が運営するものだという社会的な前提が強く、寄付は建物の建設や周年記念など、特定の時期に集めるものとして扱われる傾向があった。そのため、寄付者と長期的な関係を築く発想や、業務の体系化に結び
つきにくかった。
卒業生・同窓生との関係も、見直しが求められる領域である。大学によって事情は異なるが、卒業後のコミュニケーションが必ずしも継続的でなかった、あるいは大学と同窓会が別組織であることで連携が難しい、といった声も少なくない。大学ファンドレイジングでは本来、卒業生が最大の寄付者層となることを踏まえると、この関係をどのように再構築するかは、多くの大学にとって避けられない課題である。
一方で、これを大きな可能性と見ることもできる。卒業生と改めてつながり直そうとする取り組みは、大学が自身の歩みを再確認し、社会との関係を描き出す機会になるからである。
ファンドレイジングに着手する大学が直面する課題は複数あるが、視点を変えれば、大学が進む方向を示す手がかりにもなる。
近年、英語圏を中心に、寄付者管理システム(CRM)、データ活用、募金目的の設計、スタッフの増員など、基盤整備の動きが進んでいる。大学アドバンストメントを支える職員数と寄付収入には明確な相関があることも示されている。たとえば、CASEによる英国大学の調査1 では、ファンドレイジング担当職員一人あたりの年間投資額約四・七万ポンドに対し、現金収入は約三九・八万ポンドと報告されている。投資に対し八・五倍の結果が生じたことになる。もちろん、これは土台が整っている大学での数値であり、日本の大学にそのまま適用することはできない。しかし、「寄付を得るには人員を含めた投資が
必要である」という現実的な示唆として、大きな意味を持つ。
こうした国外の傾向も踏まえつつ、日本の大学が検討すべき視点を三つ挙げておきたい。
(1)寄付を扱う基盤づくり
大学が寄付を扱うには、これまで単発的に行われることの多かった募金活動を通常の業務に組み込んだ基盤が必要である。寄付目的・使途の設定、寄付者情報の管理、寄付がもたらした変化の記録、寄付者へのフィードバック、報告・運用など、必要となる領域は幅広い。これらを統括するのはファンドレイジング担当部署だが、教学、財務、広報、学生支援、研究支援など、大学内の多様な業務と自然につながる視点が欠かせない。
基盤整備は、寄付の受付や管理という「点」から、寄付を通じて大学の価値を社会と共有し更新する「面」としてのファンドレイジングへ深化するプロセスと重なる。寄付を契機に大学の本質を見直し、外との接点を広げていく循環が生まれれば、それは教育研究機関としての判断や計画にも影響を与え、反映されていくだろう。大学ごとに事情は異なるものの、長期的に取り組む価値のある分野である。
(2)専任人材と「語る力」の蓄積
ファンドレイジングは専門性を要する業務である。全学的に機能させるには、その中心を担う専任職員(ファンドレイザー)に、領域横断的な調整とリーダーシップが求められる。
加えて重要なのが、教職員の「語る力」、すなわち、大学の使命、研究・教育の特色、学生の物語など、大学の価値を寄付者に自分の言葉で伝える力である。これは既存の広報業務やファンドレイザーの専門性とは異なる、大学全体が共有するべき新たな専門性として位置づけられる。
語る力を育てるには、採用段階や新任研修のタイミングから、大学の使命・価値・歴史に触れる機会を設けることが推奨される。特に、卒業生・同窓生との関係構築の重要性は、教職員全員が認識できるよう、あらかじめ共有しておくことが望ましい。
専任職員のリーダーシップと、教職員全体に共通する語る力。この二つが揃うことで、大学の価値は社会に確かに橋渡しされ、組織としての「力」が形となって発揮されていく。
(3)成果の環流と経営への接続
寄付を原資として生まれた教育・研究の成果は、その内容を整理し、学内外に共有することで、大学と社会の関係を着実に深めていく。学生や教員の取り組みがどのような変化をもたらしたのかを伝えることは、卒業生や地域社会、企業など、多様な主体が大学の活動を理解し、協働に参加するきっかけとなる。
成果の蓄積は、学内にとっても大きな意味を持つ。取り組みの記録と整理は、教育・研究支援の改善点を見いだす材料となり、資源配分や新規プロジェクトを検討する際の判断の裏付けとなる。部局間で情報を共有することで、活動の重複や断絶が可視化され、大学全体としての連携も進みやすくなる。
このように、成果が大学内外を循環する仕組みは、ファンドレイジングの説明責任にとどまらず、大学が自らの取り組みを継続的に評価し、次の方向性を検討するための基準をもたらす。寄付者との対話で得られる外部の視点は、大学の価値を客観的に捉える姿勢を促し、社会との協働を見据えた意思決定を後押しする。
成果の共有と対話が進むほど、大学は自らの活動を的確に語り、社会的信頼を高めることができる。こうした循環を継続的に生み出す「成果の整理・共有・対話」のプロセスは、ファンドレイジングが大学経営にもたらす大きな利点である。
◇ ◇ ◇
大学が未来を主体的に描き、その実現に向けて社会と協働していくためには、相応の体力が求められる。ファンドレイジングは、その体力を培い、大学が社会とつながり続けるための実務である。大学が目指す未来はそれぞれに固有であり、そうあるべきだが、その歩みを重ねる仕組みとして、ファンドレイジングの重要性が今後さらに増していく点は共通している。
初回で、大学のファンドレイジングを「編纂中の叢書」にたとえた。これまで編んできた巻を見つめ、その続きを形づくる判断は、大学経営を担う人々に委ねられている。
「未知の世界へ向かって、正解のない道を開拓するような感覚だった。」
ファンドレイジングに着手した当時の心境を、ある学長はそう語った。数年前のことである。その大学は着実な一歩を積み重ね、現在では専任職員を複数募集するまでに成長している。
「大学は社会にどのような価値をもたらすのか。」
戦略的なファンドレイジングは、この問いが立ち上がる場に根づいていく。
<注>
1 Giving to Excellence: Generating Philanthropic Support for UK Higher Education, Ross-CASE Survey 2014‒15.
(了)
出典:文部科学 教育通信 No.618 2025年12月22日号(ジアース教育新社)
※本記事は掲載原稿を再掲載したものです。
